村尾そば
営業時間:11:30〜15:00
定休日:月曜日
テーブル上の調味料:なし(蕎麦と共に一味唐辛子が運ばれます)
ティッシュの有無:店内BOXティッシュ1個
接客:気にならない
画像:もりそば 550円

山形蕎麦は、江戸のような町で進化した蕎麦ではなく、農家発祥で村の蕎麦打ち名人が高じて…というスタイルが源流だと思われる。なので、今でも民家を改造した蕎麦屋というのが県内あちこちにあり、太くてゴツゴツした〈のむ〉のではなく〈かみしめ〉て食べる野趣味溢れる蕎麦を提供している。村尾も町中ではあるが、もとは桑問屋であり、いわゆる農閑期にはじめた蕎麦屋がそのまま専業に…という事なのであろう。創業明治17年、その当時の雰囲気が色濃く漂う店内は、良く言えば「クラシカルな」悪く言えば「古臭い」香りが充満している。ちなみに従業員は、ばあちゃん2人である。

古びた店構えと、ばあちゃん2人だけの店というと「雰囲気はいいけど、蕎麦はまあまあ…かな」というのが、ありがちなパターンだがこの店はちがう!かなりレベルの高い更科蕎麦を出し…そう、上で「江戸とはちがい〜」と書いていながらアレなのだが、この店の蕎麦は蕎麦の実の中心部である一番粉(更科粉)だけを挽いて細く打った、思いっきり江戸っぽい更科蕎麦なのである…というのはまあともかく、レベルの高い蕎麦には根強いファンが多く存在しており、ボクもそんな地元の村尾ファンの知り合いに連れられて何度か訪れたことがある。
座敷きには現役で活躍する囲炉裏があり、マメ炭がチロチロと燃えている。年季の入ったテーブルに肘をついて『もりそば』を注文した後、壁にかけられた品書きに改めて目を凝らす…おもしろいなと思ったのは、普通の『ざるそば』以外に『上ざるそば』というのがあること。上の方が50円ばかり高いのは何かと思ったら「大根おろしがついてる」だそうな。他にも、この店の冬の人気商品である『カレーなんばん』の隣には250円も安い『カレーそば』というのがあり、これは肉の有無であるという。

品書きに見入ってブツブツ言ってるうちに盆が運ばれてきた。白い!真っ白い!と思った…色としての白に比べれば白でないのだろうが、色んな蕎麦を観察してきた目には輝くほど白く見えた。2、3本たぐってツユをつけずにツルルル〜ッとすする。コシが強く、柔らかい甘味があって、後からフワッと蕎麦の香りが広がる…何か以前食べた時よりおいしく感じるなあ!ツユにひたしてすすり、ワサビをのせてすすった…うん、一番粉を使った白い蕎麦は、後味で蕎麦が立ってくるからツユをひたして食べると、まずはツユの醤油と鰹節がパーッと広がり、それが消える頃に蕎麦がフワッときて実にいいフォーメーションだ。「ナイスプレイ!」思わず蕎麦達にそう言ってやりたくなるようなバランス感の良さに改めて気づいた。これも、ひとつの蕎麦の素晴しさであろう。
蕎麦湯を飲み干し席を立とうとしたら、ガラス戸を鳴らして観光客風の年配夫婦が入ってきた。外観以上に懐かしさを感じるであろう店内にダンナさんが「ふ〜ん」と小さく唸り、後ろから来た奥さんが「え」と不安そうに立ち止まった。あなたたち大当たりを引きましたよ!そう声をかけたくなった。この路地裏のひなびた店はガイドブックや麺組合が出してるパンフレットには載ってないけど、ここいらで1、2を争うおいしい蕎麦屋です、安心してください。目が合ったら本当に「この店おいしいですよ」と声をかけるつもりだったが、夫婦は品書きを凝視していてこちらを気にしてる余裕はないようだった。でも問題はない、ボクが何か言うまでもなく後数十分後…蕎麦をすすった時に自分達が偶然引いた『当たり』に気づき、奥さんの不安気な表情は笑顔に変わるはずだから。
再来店の可能性:◎
丸五そば屋
営業時間:11:00〜17:00
定休日:日曜、祝日
テーブル上の調味料:胡椒(ギャバンブラック)、一味唐辛子、わさび
ティッシュの有無:店内BOXティッシュ1個
接客:気にならない
画像:もり天 788円

山形の蕎麦事情を調べていると『まるごそば』の話はどうしても耳に入る。とにかく蕎麦が大盛りで、ゲソ天皿とセットの『もり天』が人気メニューだというのだ。大盛りだの油モノから離れる意味もあって入った蕎麦の道だが、まあこういうのもいっぺん食べてみなければわからないじゃないか!と自分を言いくるめ、山形大学校門前の『丸五そば屋』に足を運んだ。
まず「あら?」と思った…確かに噂通りに『もり天』はあるが、聞いてた値段より随分高い(600円台だと聞いていた)。まあ、コレを食べに来たのだからと戸惑いつつも注文…さすがに校門前だけあって、店内は学生や学校関係者が多いようだ。隣の男子学生2人組の声が大きく、聞きたく無くても聞こえてくるのだが、肛門のシワが伸びきる程つまらなく(車で旅行に行った時のことを異常に細かく報告してるんだけど、何の事件もドラマもなく当然オチもない…しかし、話してる本人はそれなりに楽しそう)、しかしそんな様子がリアルに学生らしくてちょっと懐かしくなる。後から入ってきたアジア系留学生2人の流暢な英語会話の方に耳を傾けてると『もり天』がやってきた。

「まあまあかな…」第一印象はこんな感じ。思ったほど盛りはよくないし、原物を見てハッキリわかったのだが、これはボクが望んでた『もり天』ではないらしい。おそらく系列店ではあるけど、他の2店とはちがった展開をしているのだろう。しかし、結果的においしければそれはそれで当たり!とにかくうまけりゃ当たりなのだ!いつもの手順通り、まずはそのままの蕎麦をすする。「ううっ、やっちまった…」立ち食い蕎麦とまでは言わないが、つなぎたっぷりのウドン粉蕎麦だ。来る前から十一だの二八だって蕎麦ではないとわかっていたし、ウドン粉蕎麦も嫌いではないはずだけど、自分が思ってる以上にボクの舌は贅沢になっているらしく強い違和感を訴え続けている。
いやしかし、ゲソ天やナス天がきっとボクの舌をジャンクフードの世界に戻してくれるはず!油だぞ!お前が大好きな油だぞ!そんな事を考えながら、ツユにザブリとつけたゲソ天をほおばる「うん、サクサクでうまい!」、続けて蕎麦をヅルルル〜ッ「うわーただでさえ薄かった蕎麦の香りが、油と絡んだらさらに薄くなってしもーた!」。その後は、どうにかおいしく食べようとワサビを多量にのせてみたり(この店はテーブルにワサビが置いてあるので使い放題なのだ)、ネギを絡めてみたり試行錯誤(というか錯乱行為的な…)してはみたが、徒労に終った事は言うまでもないだろう…
《結論》ウドン粉蕎麦やゲソ天に罪はない。自分が現在欲してるのは蕎麦粉の強い香りである事を忘れていたボク自身が悪いのだ。今後はこういった事態を招かぬよう、情報の取捨選択に関して店選びの優先項目の把握を取り違えぬ努力を怠らぬよう心がけたい。(蕎麦一杯の話に何をそこまで…と、笑っていただければコレ幸い
再来店の可能性:△
川芳
営業時間:11:00〜19:30
定休日:不定休
テーブル上の調味料:醤油、酢、胡椒、一味唐辛子
ティッシュの有無:店内BOXティッシュ1個
接客:気にならない
画像:もりそば 550円

これだけ蕎麦屋の多い山形なので、【こだわり】だの【うんちく】に敏感な中年男性に蕎麦話をふると多くの人が行きつけの店やお気に入りの店をひとつふたつ持っていたりする。会社の休憩時間に「最近、蕎麦に目覚めちゃって…」なんて話したら、目をキラリと輝かせて数名がこちらにニジリ寄ってきてくれた。ここぞとばかりに、とっておきのオススメを教えてもらったのだが、その中に意外な店の名があった。数年前に『山形ラーメン消化機構』に記事を書いた店なのだが、正直言って良い印象はなかった…もう2度と訪れることもないだろうと思っていたのだが、その店の蕎麦がうまいと言うではないか…もし本当ならおもしろい!ちょっと意地悪なキッカケかもしれないが、さっそく行ってみることにした。
訪れたのは昼時、客は自分以外に5名…ラーメンやセット物の並ぶ品書きをチラリと覗き、もりそばがあるのだけ確認すると惑う前に注文!ホッとしながら改めて品書きを凝視「板そば850円(お蕎麦の好きな方へ」とある…やっぱ、たくさん食べたい人へのサービスメニュー的位置づけであるべきだよなあ。後ろの年配男性がクチャクチャと大きな音をたてて食べてるのが気持ち悪い…自分のが来る前に食べ終ってくれるといいなと祈りつつ「やはり、この店とは相性悪いのかな?」と思ってしまう。もりそばが出てきたのも遅め、ボクよりかなり後に入ってきた人のと一緒に運ばれて来た…しかし、まあとりあえずは食べてみよう!食べてみよう!

こだわりあるよう気取ってるわけではないが、比較の為に毎回最初は同じ手順で食べている…まずは、ツユをつけずにひと口。ツユをつけて2、3口。ツユにひたし、ワサビが溶けぬよう蕎麦にチョンとのせてひと口。う〜ん、ホントだ…ホントにおいしいぞ!こういう事も…まあ、あるっちゃあるんだろうけど、これでまた蕎麦屋巡りが俄然おもしろくなってきた!今までラーメンを食べて気に入ってた店でも、蕎麦を食べたらガックシって事もあるのだろうから、気を抜けないってとこもおもしろい!
蕎麦屋の事を書き始めてこの店で3軒目、やっとツユについて書ける!この店のツユは鰹節の香りが特に強い!それが良い事なのか悪い事なのかはわからないが、ボクはおいしいと思った。店内にあった案内によると蕎麦はつなぎ二割、蕎麦粉八割の『二八蕎麦』だという、コシがめっぽう強いというわけではないが、香りは芳醇で「ああっ、これこれ、この香り…」なんて恍惚とたぐり続けていたので、後ろの席の年配男性のことや遅配のことなどすっかり忘れてしまっていた。写真でおわかりになるか微妙なとこだが、この店は盛りがフワッとしていて実に蕎麦がたぐりやすい。乾いてなくても、やけに蕎麦が絡まってちょうどいい量をたぐるのが難しい事が多いだけに「なかなか、やるな…」と思ってしまう。先日読んだ本にあった池之端藪蕎麦店主の古い言葉を思い出した「本来、蒸籠には、小さい山で六つ置いて、それじゃみっともないから真ん中にふた山置いて、菜箸でならすのが蕎麦の盛り方。蕎麦の間を蠅がくぐれるくらいに盛らないといけません。こうすると水切れもいいし食べやすいし、ふわっとしてるから10枚分で12枚くらい取れちゃうんです。それが戦後すぐ、蕎麦が代用食みたいになって忙しい時期に、片手でポンと落として上だけならす、片手盛りの悪い癖がついちゃったんですね。これじゃお客の方も食べにくいから、食べ方も上達しません」蠅が通るとは大袈裟な例えだが、確かにこうやって盛られてる方が扱いやすくて、自分のリズムが乱され難くて気持ちいい。この、つけあわせがオシンコじゃなくて『もって菊』の酢の物ってとこもいいなあ…蕎麦湯もたっぷりいただき、大満足!しかし、ホントにおいしいとはなあ…
再来店の可能性:○
そば処 庄司屋
営業時間:11:00〜20:00(平日は15:30〜17:30休憩)
定休日:月曜日(祝日の場合は営業)
テーブル上の調味料:唐辛子
ティッシュの有無:おしぼり
接客:気にならない
画像:もりそば 682円

山形はとにかく蕎麦屋が多いので、いざ「蕎麦を食べ比べてみよう」と思ってもどこに行ったらいいか迷ってしまう。なので、とりあえず“現存する山形最古の蕎麦屋”だという慶応年間創業、140年の歴史を持つ『庄司屋』に来てみた。『庄司屋』の特色といえば、蕎麦が〈やぶ〉と〈さらしな〉の2種類あるという事だろう。〈やぶ〉は昔ながらの製法によって打たれた、蕎麦粉10に対してつなぎ1の「トイチ」と呼ばれる割合の蕎麦、中太でコシが強くワイルドな印象がある。〈さらしな〉は先代である4代目が試行錯誤の上完成させた江戸風の白くて細い蕎麦である。
週末はいつも駐車場が満車状態の『庄司屋』だが、さすがに平日夜は空いている。薄くジャズが流れる民芸調で清潔感のある店内には、そこはかとなく高級感も漂い「蕎麦屋って儲かるんだなあ…」と思わず下世話なことを考えてしまう。品書きを眺めると、〈やぶ〉に〈さらしな〉と〈麦切り〉まであり、しかもそれぞれ温かいのと冷たいの…と、なかなかに複雑。いやいや、惑わされちゃいかん!色々考えずに、もりそばを頼めばいいのだ!それが正解なのだ!「ボクはもりそばね」同行した妻にそう言うと「もり2つだったら、板そばにしない?」と提案される。値段を見ると、板そばの値段がちょうどもりそばの倍額くらいなので、2.5人前くらいかな?と当たりをつけ合意、ちょうど注文取りにきた店員さんに聞く「板そばって何人前くらいですか?」「1.5人前くらいです」「え?」妻と顔を見合わせる「1.5人前?」「はい」「…じゃあ、もりそば2つ」「かしこまりました」店員さんの後姿を眺めながら「なるほどなあ…」とため息。必ずしも…というわけではないが、ボクの認識としては板そばはサービスメニューであり、もりそば550円の店なら板そば850〜1000円くらいで2人前あって「お一人で召し上がりください」「出前ご遠慮ください」なんていう注意書きしてあるとか、もしくは5人前2000円の大板を「これ頼んでみんなでつつくか」なんて仲間4人でズルズル…みたいな印象だったんだけど、ちがうのね…こういう駅近くで観光客が多く訪れる店だと「山形らしい蕎麦ってどれ?」「こちらの板そばがオススメです」「ふ〜ん、大きいの?」「1.5人前くらいです」「じゃあ、それでいいや」みたいなやりとりを経て、こういう立派な店ができるわけなのね…納得。

チマチマしたことを考えてるうちに蕎麦がきた。2本ばかりたぐって、まずは何もつけずにヅルルル〜ッとすする。コシが強く噛み応えがあり、蕎麦の香りがフワ〜ッと広がる…塩や油のパンッ!と広がる旨味とはちがう、あくまでフワ〜ッで「キタキタッ!」となる。次はツユをつけて2すすり、さらにワサビをつけてすする…さっきまで金の計算をしてブチブチ言っていたが、やはりうまい!うまいものはうまい!チクショウ!という気持ちとイヤッホー!が交錯する。意識して蕎麦を味わうようになって初めての〈やぶ〉だったので、自分は〈やぶ〉と〈さらしな〉どちらが好きか考え考え食べるがよくわからない…いや、多分「両方共それぞれに〜」ていうアレなのかもしれない。太さとコシで咀嚼にもそれなりに時間がかかり、ゲップが出るほど満腹ではないが、爽やかに満足。今日も普通にもりそばを頼む事ができた幸運に感謝!
再来店の可能性:○
一力
営業時間:11:00〜19:00
定休日:火曜日
テーブル上の調味料:一味唐辛子、胡椒
ティッシュの有無:なし
接客:気にならない
画像:もりそば 550円 【ラーメン記事】
昨年は「そろそろ80kg台を脱出できるかも!」というとこまで落とした体重も、今年は85kgまで戻ってしまい「このままじゃヤバい、何とかせねば…」と焦るものの、メシも酒もおいしくてどうにもならない!そんな折りに、ふと自分の中に湧いた「蕎麦って…おいしいかも?」という思い…もし、普段から「毒」だと断言しつつも常食しているラーメンを日本蕎麦に変えることができたら…それも、天ぷら蕎麦だとか鴨南蛮でなく『もりそば』のみで1食を終えることができたら…体重に大きな変化がないとしても、体調や体質にとって良い影響があるはず!ということで、とにかく一度『もりそば』のみの昼食で夜まで耐える事ができるか試してみる事ににした。

向かったのは、上山城の登り口付近にある『一力』。中華そばは何度か食べに来た事があるが、蕎麦をいただくのは初めてだ。お品書きをしっかり見ると心が揺れるので、『もりそば』の文字があることだけ確認して注文!頼んでから、お品書きを熟読…そっかあ、この店『坦々麺』があるのかあ…蕎麦屋さんの『坦々麺』だなんて興味あるなあ…脂への未練を断ち切れずに悶々としてると「おまたせしました」の声と共に『もりそば』の盆がテーブルに置かれた。

「白い!」第一印象はこの一言、「いいのこれで?」思わずそう聞きたくなる程に白く、ある意味蕎麦っぽくないようにも見える。ただ、蕎麦の実を深く精製した内側の部分だけを使った蕎麦粉(つまり贅沢な粉ってことですね)を使うとこういった白い蕎麦になるという知識くらいはあったので、何となく「この店なかなかやるな…」だとか「そんな高い蕎麦粉使ってるのにこの値段でいいの?」なんて気分になったりもした。とりあえず、一口目はツユをつけずに皿から2、3本たぐる「ヅルル〜ッ」。ボクがイメージしていた『コシの強い蕎麦』よりも、さらに一段階位コシのある蕎麦…だが、ボソボソ感はない。咀嚼してもなかなか口のなかで「すべてがドロドロに…」とはならずに、それぞれ固体としての主張を続け噛む度に蕎麦の香りも漂い続ける。二口目はツユをつけてすすり、三口目は猪口に落とした蕎麦の上にワサビをひとつまみ置いて、溶ける前にすすった。う〜ん、おいしい!あまり深い感想を語れないのが残念だが、単純に「蕎麦ってうまいな」と思いながらたぐり続ける。どうしようか悩んだのは、ネギの扱いだ…生臭いわけでもない蕎麦に何故こいつが必要なのか理解できないが、長年に渡り蕎麦の隣にいるのだから何か意味があるのだろう…最後の三口程というタイミングでひとつまみだけ猪口に放り込み蕎麦と共にすすった。やはり、わからん…ワサビとちがい蕎麦の香りを殺してしまうように思えた。全部食べ終え、蕎麦湯を飲みながら時計を見る…5分ばかりでペロッと平らげちまうかと思っていたが、意外に時間がかかった。コシが強く、中華麺やうどんより咀嚼に時間がかかったからだろう。払いを終えて店を出た。
食後よっぽど物足りなかったらコンビニでオニギリでも買おうかと思っていたが、その必要はなさそうだったので、そのまま昼食終了。結果的にその後もスグ空腹を感じるという事もなく(おそらく小麦粉より蕎麦粉の方が腹持ちいいんだろうな…)、夕飯まで間食もしませんでした。いいじゃん!『もりそば』だけでも大丈夫じゃん!小さな意識改革だけど、何だか嬉しい発見を感じた一皿目でした。
再来店の可能性:○
はじめに

蕎麦は好きだが、すすんで食べる程のものではなかった。それでも、東京で働いていた時分は「昼食や会社帰りに商店街の薮蕎麦で…」なんてことがよくあったのだが、山形にきてからは蕎麦屋でもおいしい中華そばを食わす店が多いので、蕎麦処だけに食べればおいしいとわかっていてもめっきり口へと運ぶ機会が少なくなってしまった。ところが先月、たまたま仕事絡みで関わった旅館の『新そばを食べる会』で食べた蕎麦がやけにおいしかった。や、蕎麦もツユも普通に「おいしかったです」なレベルで飛び上がる程おいしいとかいうものではなかった…なのだが、妙に後に引いたんですね。
そもそも、蕎麦ってのはネットリと歯に残る(と思いませんか?)、うどんや中華麺の小麦粉は歯につまっただの何だの言ってるうちに唾液でもって溶かされて、食後の割と早いタイミングでその気配を口の中から消してくれるが、蕎麦粉ってのは妙にいつまでもフワリフワリと漂ってるよう感じる。これがヘンに心地いい…散歩してるとつかず離れずついてくる猫のようでかわいらしくも思える。昼にすすった蕎麦が、1時間以上たってもまだ口の中に薄く存在してて「あ、何だアイツまだついてきやがってんのか」と思ったり、夕方頃になるとさすがに姿はなく「お、ちゃんと家に帰ったのか」なんて微笑ましく感じたりする。
まあ、蕎麦でもタネ物やカケだと話はちがうんでしょうが、もり蕎麦あたりだと食後の胸ヤケというのが全くない。何となく若い頃から引きずってる感覚だと、ある程度の胸ヤケや胃モタレを感じた時点で【満腹】と判断していたので、油気のないものはいくら食べても「なんか、物足りないんだよな…」なんて不足感があったのだが、それは若者だからこその判断基準であって、中年太りだのコレステロールという単語と仲良しになってしまった今となっては、捨てなきゃならない価値観だった事に気づく。
以前の感覚だと、もり蕎麦一杯で自分が【満腹】になれるとは微塵も思っていなかった…しかし、試しにとメニューに並ぶセット物や中華そばを無視し、断腸の思いでもり蕎麦のみを注文、ズズズッと平らげそそくさと店を後にする。裏路地を歩きながら考える「これで足りたか?夕飯までもつか?」まあ【満腹】にまでは届いてない気がするが、小麦粉モノとはちがった蕎麦粉特有の重みがあり「食べた!」という実感はしっかりある。そして、何より気分がいい!胃モタレが全く無いし、ゲップも出ない、口の中には猫の香…もとい!蕎麦の香りがフワフワ…今までの自分の食後の状態と何とちがうことか!同じ値段だからと、中華そばを注文しスープまで全部飲み干してたら、今頃お腹をさすりながらゲップして「空腹もつらいけど、満腹もつらいのよね…」なんてつぶやきながら(実際このセリフをボクはよく口にしていた)歩いていたにちがいない。確かに、油っこいもの・味の濃いものを食べる時、ひと口目のインパクトは素晴しく「ムハーッ!」と叫び出したい程の幸福があるが、食後は燦々たるものだ…そう考えると、蕎麦食いも悪くないな…四十代を前にしてやっとそんなことに気がついた。
蕎麦の中毒性について噂は聞いていたが、上に書いたような理屈が自分の中で出来上がった頃には、どうにもこうにも蕎麦を欲する身体になってしまっていた。中華そばをチュルチュルとすすりたい!とか、揚げ物をサクサクと咀嚼したい!みたいな今まで好きだった食事に対する欲求とは全くちがう「食後のあの余韻…あの状態になりたい!」と、予想外のモノを欲してる自分に気づき唖然とする…これは食欲の範疇の話なのか?それとも、気づかぬうちにボクは変な次元に入り込んでしまったのだろうか?
今まで「蕎麦好きな人って多いよなあ」と思い、それを解読しようと蕎麦について書かれた本やエッセイなど目につくものはそれなりに読んだが理解には至らず…いや、蕎麦のコシとか、ツユの深みの素晴しさは確かにわかるが、同じ値段の中華そばに比べると、あまりに無骨な…シンプル過ぎるような気がしてならなかったのである。「自分にはわからない世界なのかしら」そう思い込んでいた所に、降って湧いた「食後のあの余韻…あの状態になりたい!」という、おかしな価値観。だが、ボクは確かにそれに捕われ、こうして今日も蕎麦を食べようと今まで中華そばの為に通った店を、巡り直しているのだ(いや、この作業が実に楽しいのよ!
そんなわけで『山形きそば消化機構』というカテゴリで、自分の日記blogの中に綴っていたものを独立したblogとして立ち上げてみようと思います。いつ飽きてコッテリの国へと帰っちまうかわかりませんが、しばしおつき合いのほどを

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